京の辻から

名残を惜しみ、余韻を楽しみつつ

電車に揺られて宇治へ

今年のNHK大河ドラマ「べらぼう」は毎回楽しみに観ている。

松平定信の倹約令で好色本出版禁止のお触れが出て、蔦重は財産を半分没収される。京伝も洒落本「仕懸文庫」で手鎖50日の刑に処せられた。本を出す前に地本問屋には行事改めがあった〉等々、木内昇の『雪夢往来』で読んだのだった。

江戸の出版文化の普及で、それまで一部の人たちのものだった古典物が幅広い人たちで享受されるようになった。そうした出版物が並ぶ企画展を拝見に宇治の源氏物語ミュージアムまで出かけてみた。

蔦屋刊で、山東京伝作の黄表紙『江戸生艶気樺焼(えどうまれしょうきのかばやき)』の複製上中下3冊。空海の著作名をもじった北川歌麿による「通神孔釈三教色」や大田南畝の『通詩選笑知』も見える。

版元が鱗形孫兵衛では、恋川春町作「金々先生栄花夢」。これは大人向けの絵本「黄表紙」の元祖として位置づけられるというもの。ドラマ内でも耳に残った表題の一つだった。

黄表紙「堪忍袋緒〆善玉」の冒頭の図がパネルになって展示されていて、絵中には山東京伝蔦屋重三郎が描き込まれている。京都の書物問屋で江戸に出店し3代続いたという版元・鶴屋善右衛門の店内で、京伝の〈京伝鼻〉がありありと見て取れる面白さ。やはり「本問屋」の文字が大きく見てとれる。滝沢馬琴を支えた板元だったとかだが、『雪夢-』を読んだ限りでは馬琴像に好印象を持っていない。

柳亭種彦の「偐(にせ)紫田舎源氏」の版元でもあるか。源氏物語を下敷にした二次創作だが、展示されていた。

地本とは、その地で作り消費される、錦絵とか浮世絵、草双紙などをいう。物事の本質が詰まった書物― 仏書、漢籍、歌学書、儒学書、国学書、医書 を〈本〉とだけ呼ぶようになっていく。草双紙、読本は〈本〉ではなかったことなど、『本売る日々』(青山文平)に読めた。

今回はドラマへの関心を高めるといった程度での視点で拝見したにとどまるけれど、これはこれで私の見方となる。

初代蔦屋十三郎、山東京伝、弟・京山、岡田玉山、鈴木芙蓉、板元の仙鶴堂、地本問屋・鱗形屋孫兵衛、曲亭馬琴十返舎一九…と、作品には諸々の名が散見する『雪夢往来』。あの『北越雪譜』が世に出るまで40年も諦めずにいた鈴木儀三治(牧之は俳号)と、当時を生きた文人たちが交錯する様を読み直してみたい気持ちになっている。むろん青山文平氏の『本売る日々』も今一度、と。

同行者があった。連日の暑さが少し和らぎ腰を上げやすかったのだろう。がらすきの電車に揺られ、宇治を目指すのも気分転換になった。この宇治橋は渡らなかった。