2025-08-01から1ヶ月間の記事一覧
『蕪村全集』(全9巻)刊行に当たって、司馬遼太郎が内容見本に寄せた推薦文には、「出版史上の快挙といっていい」とある。なかでも「芭蕉には畏敬を。しかし蕪村には愛を」の一節に、司馬と同郷者だという蕪村への敬愛が感じ取れる。“詩と絵と人生を愛おし…
「山里の京都では、光源として夕日が貴重なので西向きに窓がある家がすくなくないと聞く」(「西日のある夏」(『雨の日はソファで散歩』収 穂村季弘) この一文に出会って、これまで考えたことがなかったと思いながら筋筋の家々を思い描いてみた。 「関東で…
相変わらずの暑さで、朝からぐるりの山々はもやったように霞んでいた。ニイニイゼミのような鳴き声が聞こえていたが、午後は雨に恵まれた。 なにかと用事がちで、追われるように日々が過ぎた8月。おかげさまで体調を崩すこともなく、ここまで来れたことが本…
10代が面白い翻訳小説を選ぶ文学賞が創設された、そうですよ。10代を主人公にした2024年刊行の翻訳小説を公募し、その中からノミネート7作が決まったという。「10代がえらぶ海外文学大賞」の公式サイトから投票(★9/1~9/26まで)するそうです。1冊しか読んで…
蕉風十哲の一人・内藤丈艸(丈草)は、芭蕉亡き後3年喪に服し、その間、小石を集めて一石に一文字の法華経を写経して經塚を建てた(1703年)という。 「龍ケ岡俳人墓地」とあるが、先月、車の運転中に偶然にも石仏の背が目に入り、この石柱が目に留まったの…
朝からひぐらしの鳴く声がして、ほんのつかのま涼味を覚えた。 手持ちのざるを畑の収穫物でいっぱいにして夕涼みに立ち寄るご近所さんは、本堂前の階に腰かけて夕飯の支度ができた頃を見計らって帰っていく。 「いらんか? 食べえへんか」 それに、さっきM…
樹下を染めるほど花が落ちていて、もう終りかなと見て通っていたが、いつの間にやら再びの花盛りなのは、さすが名にし負う「百日紅」。下鴨にあった伯母の家の玄関先に植えられていたのが思い出として残っている。 散れば咲き散れば咲きして百日紅 千代女 開…
吉村昭と城山三郎は同じ昭和2年生まれの同業者。二人の対談が「きみの流儀・ぼくの流儀」と題して『回り灯籠』(吉村昭)に収められている。 城山「流儀って、いい言葉ですよね。落ち着くんだよね、なんとなく。若い人に使われると、合わないけどね」吉村「…
今日15日は終戦の日。多くの犠牲者を追悼して正午には鎮魂の鐘を撞き、冥福を祈りました。 草むらに(庭の、ですが)四方に花茎を伸ばした水引の細かな赤い花が咲いています。はびこらない程度に手を入れて1つ2つ根を残すのは、この花が好きだからです。 亡…
道沿いに金網のフェンスが張られた畑があって、そこに蔓が絡まって大きな冬瓜が二つぶら下がっていた。ショウガを効かせて、鶏そぼろの餡かけにしていただくとおいしいなあ、なんて思いながら行き過ぎた。 駅から乗ったバスのフロントガラスのワイパーが動く…
鹿児島の姶良という地名を今読んでいる『潮音』で知ったばかりだというのに、大雨による被害の報道が重なって息をのんだ。また何年か前に高野山の宿坊で4人の相部屋となって、熊本駅近くに住むと言われた女性と2泊3日を過ごしたことがあった。その折、電話番…
赤信号で信号待ちしていると、僧衣で二人乗りしたスクーター(というのかしら)が左後方に止まるのが見えた。少しずつ前に進み、前の車との間に入り込んでくる。 ミラーを通して優しい顔つきに(まあ、小学生?)と思ったが、横顔が見えたとき、その骨格に中…
立ち寄った書店で目的もなく背表紙を追っているとき、「おもしろそうやんか! 一緒に読もっ、読んでみようよっ!」と近くで明るい声が弾けた。母娘連れの母親の声らしかった。「静かに~」なんて娘に諫められ、娘は平積みされた文庫本を手に取ってページを繰…
庭の一画をハゼランが葉を広げ、花茎を伸ばして小さな星のような花を咲かせている。はぜたように花が咲くので「ハゼラン」。いくつも次々に爆ぜて咲くので「ハナビグサ」、午後3時に開花する習性から「サンジカ」とも呼ばれるという。 草が生えるよりずっと…
新しくしたカレンダーに「立秋」の文字が目に留まった。字面にだけでも移りゆく季節を先取りしたいと思うのですが、日中に涼しさなどこれっぽちも感じない。が、あれ、今宵は熱気が少し衰えています。 8月は鎮魂の月。お盆も控え、例年ご門徒の女性陣には仏…