昨日は冠雪したきれいな比叡山を遠望したが、今日の陽ざしに昼までにすっかり消えていた。
法蔵館で用事を済ませて東本願寺に参拝したあと、書店に寄りたいなと思って手持ちの残りを確かめた。あるある、充分だと思えば京都駅の八条口側へと回って歩く距離などなんのその。
直木賞候補作品だったことなどとは関係なく、書店で平積みされているのを何度か手に取りながら文庫になってからでよいのではの思いで我慢を重ねていた『白鷺立つ』(住田祐)を、とうとう手に入れた。そしてもう一冊、『何が私をこうさせたか 金子ふみ子獄中手記 普及版』と。目当ての本を買い、持ち重りするバッグだが、持ち帰る所有者としての満足度は増す。
森敦の『浄土』の分担箇所の点訳をしながら全体を何度か通読している。氏の『月山抄』に収められた短文「遊行」を個人的にコピーさせてもらって帰っているので、関連するか所を確かめながら合わせ読んだりもしている。須賀敦子の作品もまだ続く。
これらの作品にどんなつながりが見いだせるのか。なんてこと、今はわからなくたって、考えなくていいのだ。「ごった煮の読書」を五木寛之氏は勧められていた。今はまさに「ごった煮」状態だ。なんだかんだと理屈をこねていないで、読みたい本を読むのがいい。そこから広がり出た好奇心が次の一冊につながり、更にその先へとときめく、読書の面白さも味わう。
何の脈絡もないような読書であっても、それぞれ関連し合って一つになってくる時期がある。そうそう、「雑学の妙というやつなのかな」って言った康平さんの言葉が浮かぶ(『灯台からの響き』)。あれだ。
今日はよい日だった。